専門家による特別コラム|④多発性硬化症への臨床活用:多発性硬化症の難治化と関連する異型Tyzzerella nexilis株の発見
今回注目する論文
▶Takewaki D, et al:Tyzzerella nexilis strains enriched in mobile genetic elements are involved in progressive multiple sclerosis. Cell Rep. 2024;43(10):114785.
▶Takewaki D, et al:Alterations of the gut ecological and functional microenvironment in different stages of multiple sclerosis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020;117(36):22402-12.
多発性硬化症(MS)では、腸内細菌叢の偏りと疾患病態との双方向性の因果関係がより確かなものとなり、細菌叢偏倚を矯正する予防・治療の戦略が議論されている。
研究手法としては、初期の16S rRNA遺伝子解析を経て、腸内細菌叢全体の機能を評価するメタゲノム解析やメタボローム解析が普及し、得られる情報は膨大なものになった。
さらに最近では、ロングリードシークエンス技術を活用することで各腸内細菌の完全長ゲノムを構築し、菌株レベルの解像度で個々の細菌の機能について議論することが可能になっている。
疾患マイクロバイオーム研究は新しいステージに入ったと言っても過言ではない。
筆者らはこの研究技術の進歩に支えられ、二次進行型MS(SPMS)の病態に関与する新たな菌株(Tyzzerella nexilis B株)の発見に至った。
疾患と真に関わる微生物因子の同定により、マイクロバイオームを標的とした新規治療法開発はさらに加速していくと期待される。
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多発性硬化症における腸内細菌叢の異常
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は、自己反応性T細胞・B細胞が中枢神経炎症を引き起こす代表的な免疫性神経疾患であるが、日本における患者数は直近の40年間で20倍以上に増加しており、病態形成における環境要因(とりわけ腸内細菌叢)の関与が強く示唆されている。
筆者らのグループは2015年に世界で初めてMS患者における腸内細菌叢のdysbiosisの存在と、その特徴を16S rRNA遺伝子解析に基づき明らかにし報告したが1)、その後,細菌叢全体の機能を分子ネットワークとしてとらえるメタゲノム解析やメタボローム解析を含むマルチオミクス解析を導入することによって、得られる情報量は格段に増加した。
さらに最近では、ロングリードシークエンサーを用いたロングリードメタゲノム解析の導入によって、高解像度の解析が可能となり、腸内細菌叢は種レベルではなく、株レベルで解析する時代に入ったと言える。
筆者らの最近の研究では、病初期で治療反応性である再発・寛解型MS(relapsing-remitting MS:RRMS)患者と比較して、発症から時間を経て神経障害が緩徐に蓄積していく二次進行型MS(secondary progressive MS:SPMS)患者の腸管内で特徴的に増加している菌株(MS増悪菌株)を同定し、その機能的意義を明らかにしている2)。
本稿では、筆者らの研究内容の紹介とともに、腸内細菌叢を標的としたMSの難治化を防ぐ新規治療法の可能性について議論する。
二次進行型MS(SPMS)における腸内細菌叢研究
筆者らは、治療反応性であるRRMS患者と、難治性であるSPMS患者の糞便検体を用いたメタゲノム機能解析により、それぞれの病期における腸内細菌叢の機能的特徴を明らかにした3)。
RRMS患者の腸管内では酪酸、プロピオン酸の産生低下が特徴的であり、SPMS患者の腸管内では酸化ストレスの亢進と細菌DNAの損傷・修復機構の亢進が特徴的であった(図1)。
さらに次の段階として、治療標的となる微生物因子を同定する目的に、メタゲノム解析とロングリードシークエンスという最先端の研究技術を駆使し、MSの病態悪化に関連する特定の細菌株の探索を行った。
図1 MSの異なる病期における腸内細菌叢の特徴
RRMS患者の腸管内では酪酸,プロピオン酸の産生低下が特徴的であり,SPMS患者の腸管内では,酸化ストレスの増加と細菌DNAの損傷・修復機構の亢進が特徴的であった。
(文献3より作成)
SPMS病態と関連する異型Tyzzerella nexilis株の発見
筆者らは、RRMS患者や健常者と比較してSPMS患者で増加している腸内細菌の中から、患者の神経障害度や脳萎縮度と強く相関する特定の腸内細菌種(Tyzzerella nexilis)を同定した。
それぞれの菌種にはゲノムDNAの配列が異なる複数の菌株が実際には含まれているが、これまでは技術的な理由で腸内細菌の研究は主に菌種という分類をもとに行わざるを得なかった。
本研究では、ビニングという手法を用いて解析を進めることで、T. nexilisにはゲノム構造が大きく異なるA株とB株が存在し、2つの菌株の分布がMSの病型によって異なることを明らかにした。
A株は健常者、RRMS患者、SPMS患者の間に分布の違いがなかったが、B株はSPMS患者でのみ顕著に多く存在する特殊な株であることがわかった。
筆者らは、このA株とB株の違いに注目し、SPMS患者で特に増加するT. nexilis B株に焦点を当てた研究を進めた。
さらに高精度な解析を行うために、細菌の全ゲノム配列を正確に決定できるロングリードシークエンスという技術を用いて、合計6種類のT. nexilisの完全長ゲノム(3つのA株と3つのB株)を取得した。
これら6つの細菌株に、既知のT. nexilisゲノムを加え系統樹を作成したところ、3つのB株は既知のT. nexilis とは明らかに系統が異なるT. nexilisの新規クラスターに属することが判明した(図2)。
次にこれらのT. nexilis株の細菌ゲノムとしての特徴を詳しく調べたところ、他の細菌株と比較して、T. nexilis B株は、多数の可動遺伝因子を細菌ゲノム中に含み、その結果、細菌ゲノムの大きさがA株と比較して1.2倍ほど大きくなっていることがわかった(図3)。
可動遺伝因子とは細菌間を飛び交う遺伝因子であり、細菌どうしの水平遺伝子伝播の原因となる。
図2 T. nexilisの完全長ゲノムの取得
(A)T. nexilisを多く含むMS患者の糞便検体から計6つのT. nexilis完全長ゲノムを取得。(B)T. nexilis A株ゲノム(青),T. nexilis B株ゲノム(赤),公的に公開されているT. nexilisゲノム(黒)を対象に,細菌の分子系統にもとづき作成した系統樹。T. nexilis B株ゲノム(赤)は既存のT. nexilisとは明らかに系統が異なる新規株である。
(文献2より作成)
図3 T. nexilis B株が持つユニークなゲノム的特徴
(A)T. nexilis A株およびB株のゲノム構造の差異。細菌ゲノム間を飛び交う遺伝子伝播領域(可動遺伝因子)としてプロファージ,integrative and conjugative element(ICE),insertion sequence(IS)の領域を図中に表示。(B)T. nexilis B株はA株よりも圧倒的に多くの遺伝子伝播領域をゲノム中に含む。
(文献2より作成)
さらにB株が持つ機能的な特徴を明らかにするために、A株とB株との機能遺伝子の比較を行ったところ、B株に特徴的な遺伝子機能として“鞭毛形成”が浮かび上がった。
実際に電子顕微鏡を用いてA株およびB株の菌体表面の観察を行ったところ、B株のみが特異的に鞭毛様の構造を持つことが判明した。
さらに無菌マウスにB株を単菌定着させたマウスを用いた様々な実験を重ねる中で、B株が持つ鞭毛には病原性Th17細胞の誘導を介して神経炎症を悪化させる働きがあることがわかった(図4)。
次に鞭毛遺伝子群が存在するB株ゲノムの中の特定の領域を詳しく調べたところ、この領域は可動遺伝因子のひとつとして知られるcomposite transposonとしてのゲノム構造を持つことが明らかになり、鞭毛遺伝子群は他の細菌から水平遺伝子伝播により獲得されたものであることが判明した。
図4 T. nexilis B株が持つ機能的特徴
T. nexilis B株が持つ機能的な特徴をまとめたシェーマ図。T. nexilis B株が持つ鞭毛は,腸管の抗原提示細胞上のToll様受容体5への刺激と,腸管上皮への接着の促進を介して,神経炎症を悪化させるTh17細胞を誘導する。
(文献2より作成)
最後に、B株が神経炎症に与える影響を調べる目的に、MSのモデルマウスであるEAEを用いた菌投与実験を行った。
A株とB株を無菌マウスに投与し、抗原ペプチドを免疫したところ、B株を定着させたマウスでは、A株を定着させたマウスと比較して、大腸と中枢神経におけるTh17細胞の増加とともに、脊髄白質における広範な脱髄と強い神経障害が出現することが確認された (図5)。
一連の結果から、SPMS患者で増加しているB株は病原性を有し、治療標的として検討する価値があると考えられた。
このように、MSの進行に関連する菌株(Tyzzerella nexilis B株)が生まれる進化の過程において「水平遺伝子伝播」による遺伝子の獲得が生じ、その結果B株はMS患者の腸管の中で生き残るすべを獲得したということができる。
その一方で、B株は炎症を誘導して疾患を悪化させるような機能も併せ持つようになり、MSのような慢性疾患の病態に能動的に関わるようになったと考えられた。
図5 T. nexilis B株が神経炎症に与える影響
T. nexilis B株が神経炎症に与える影響をまとめたシェーマ図。T. nexilis B株を定着させたマウスでは,脳・脊髄と大腸において炎症を誘導するTh17細胞が増加し,マウスの神経障害が悪化した。
(文献2より作成)
本研究では、メタゲノム解析とロングリードシークエンスという最先端の技術を取り入れることでTyzzerella nexilisという常在の腸内細菌種のうち、水平伝播により多くの外来遺伝子を取り込むことでMSに対して強い病原性を獲得したと考えられる特殊なゲノム構造を持つ株を発見することができた。
Tyzzerella nexilis B株の発見は、現在のところ有効な治療法が十分にないSPMSにおける創薬シーズとして期待される。
まとめ
研究手法の進歩により、菌株レベルの高解像度での解析が実現可能になったことで、ヒト腸内細菌研究は新たな段階に突入したと言える。
鍵となる機能遺伝子の水平伝播を考慮すると、系統分類に基づく菌種レベルの菌組成解析のみでは十分でない部分も多く、菌株レベル、機能遺伝子レベルの解像度の研究が様々な疾患を対象に行われることで、疾患と真に関わる微生物因子が今後どんどん明らかになっていくであろう。
既存治療のみでは根治に導くことができなかった様々な神経難病を微生物叢と免疫細胞の制御により根治に導く時代の到来を期待し、研究開発を加速させていく必要がある。
参考文献
1) Miyake S, et al. Dysbiosis in the Gut Microbiota of Patients with Multiple Sclerosis, with a Striking Depletion of Species Belonging to Clostridia XIVa and IV Clusters. PLoS One. 2015;10(9):e0137429.
2) Takewaki D, et al:Tyzzerella nexilis strains enriched in mobile genetic elements are involved in progressive multiple sclerosis. Cell Rep. 2024;43(10):114785.
3) Takewaki D, et al:Alterations of the gut ecological and functional microenvironment in different stages of multiple sclerosis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020;117(36):22402-12.
執筆者
竹脇 大貴 氏
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 免疫研究部
山村 隆 氏
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 特任研究部長
当社が提供している腸内細菌叢の検査・分析サービス「SYMGRAM」(医療機関向け)および「健腸ナビ」(一般個人向け)では、大腸がんや認知症、アトピー性皮膚炎など、30以上の疾病リスクを網羅的に分析。
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