母乳が乳児の腸内細菌叢(腸内フローラ)に及ぼす影響 - 母子の腸内細菌叢④授乳【前編】

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本コラムでは「母子の腸内細菌叢シリーズ」の一環として、妊娠・出産・授乳に至るまでの、母子の腸内細菌叢(腸内フローラ)についてご紹介します。
 
シリーズ4回目にあたる今回のコラムでは、授乳に焦点を当て、授乳と乳児の腸内細菌叢の関連性について解説します。
 
新生児の腸内細菌叢(腸内フローラ)の形成は、胎児期の母体の腸内細菌叢、分娩方法、出生後の環境に影響されます1)
 
そして、生後数年間で腸内細菌叢が形成されていきますが、乳児期の腸内細菌叢がその後の健康にも影響するといわれています。
 
乳児期の環境要因の中でも、特に大きな影響を与えるといわれているのが授乳です。
 
本コラムでは、母乳が乳児の腸内細菌叢に及ぼす影響について、母乳中の細菌や成分などにも触れながらご紹介します。


目次[非表示]

  1. 1.母乳がビフィズス菌の供給源に
  2. 2.母乳で育った乳児の腸内細菌叢の特徴
  3. 3.母乳に含まれる生理活性因子が乳児に特徴的な腸内細菌叢形成に関連
  4. 4.母乳は出産方法の違いによる腸内細菌叢の差異を小さくする
  5. 5.人工乳ではなく母乳による育児でなければいけないのか?
  6. 6.用語解説
  7. 7.参考文献/参考情報


母乳がビフィズス菌の供給源に

意外かもしれませんが、母乳中には、1 mLあたり100~10,000個の細菌が含まれています。
 
授乳によって、これら母乳中の細菌が乳児の腸内細菌として定着する可能性があります2)
 
具体的には、以下が母乳により乳児腸管に伝播することが示されている細菌です2)
Lactobacillus属(ラクトバシラス属)
Staphylococcus属(スタフィロコッカス属)
Enterococcus属(エンテロコッカス属)
Bifidobacterium属(ビフィドバクテリウム属:一般的にビフィズス菌として知られる)
 
これらの中でも、最初に乳児の腸内に定着する細菌はStaphylococcus属やEnterococcus属、Lactobacillus属などの好気性細菌(酸素がある環境で生育可能な細菌)です。
 
その後、Bifidobacterium属など嫌気性細菌(酸素が存在しない環境を好む細菌)が増殖します2)


母乳で育った乳児の腸内細菌叢の特徴

母乳のみで育てられた乳児(母乳栄養児)の腸内では、ビフィズス菌が豊富に存在し、乳児の糞便から検出される細菌全体の50~90%を占めます3)
 
特筆すべきことは、乳児の有するビフィズス菌の多くは、成人の腸管から検出されるものとは菌種が異なる点です。
 
 
具体的には、成人からは以下の種類のビフィズス菌が検出されます。
B. adolescentis(アドレセンティス)
B. pseudocatenulatum(シュードカテニュラータム)
B. longum(ロンガム)
 
成人に対して乳児では以下が検出されます。B. longum以外は成人で見られるものと異なります。
B. breve(ブレーべ)
B. infantis(インファンティス)
B. longum(ロンガム)
B. bifidum(ビフィダム)
 
母乳栄養児においてこのようなビフィズス菌優勢の腸内細菌叢が形成される理由については、以下で詳しく説明いたします。


母乳に含まれる生理活性因子が乳児に特徴的な腸内細菌叢形成に関連

母乳には栄養素以外にもさまざまな生理活性因子が含まれており、それが乳児期のビフィズス菌優勢の腸内細菌叢の形成に関わっています4)

 
〈ヒトミルクオリゴ糖〉
 
ビフィズス菌優勢の乳児腸内細菌叢形成に最も重要な因子といわれているのが、母乳中に多く含まれるヒトミルクオリゴ糖※aです。
 
ヒトミルクオリゴ糖は小腸で消化されずに大腸まで届き、乳児のみが有するビフィズス菌の特定の菌種(乳児型ビフィズス菌)により分解されます5)
 
ビフィズス菌以外の細菌や成人型ビフィズス菌はヒトミルクオリゴ糖の分解能力が低く、乳児型ビフィズス菌が優先的にヒトミルクオリゴ糖を分解して他の細菌よりも早く増殖するため、乳児の腸内細菌叢では乳児型ビフィズス菌が優勢となるのです6)
 
また、ヒトミルクオリゴ糖には、病原体が腸粘膜に付着するのを阻害する機能や、抗菌作用といった機能もあります6)
 
 
〈ラクトフェリン〉
 
母乳に含まれる生理活性因子の1つであるラクトフェリンも乳児型ビフィズス菌の増殖に関与しています7)
 
ラクトフェリンには感染防御機能があり、細菌やウイルスからの防御、免疫調節にも良い効果が期待されます8)
 
 
以上のように、母乳で育った乳児(母乳栄養児)では、母乳によってビフィズス菌優勢の腸内細菌叢が形成されます。
 
ちなみに、乳児型ビフィズス菌優勢の腸内細菌叢は離乳期まで維持されます。
 
離乳がはじまり母乳以外の食事を摂取することで、乳児型から成人型のビフィズス菌に変わり、徐々にBacteroidetes門(バクテロイデス門)、Eubacterium属(ユーバクテリウム属)、Streptococcus属(ストレプトコッカス属)などの嫌気性細菌が優勢となり、成人の腸内細菌叢に近づいていきます9)


母乳は出産方法の違いによる腸内細菌叢の差異を小さくする

前回のコラム「母子の腸内細菌叢③出産」において、帝王切開で産まれた子には腸内細菌の母子伝播が起こらないこと、経腟分娩で産まれた子とは異なる腸内細菌叢となることを紹介しました。
 
母乳は、上述の効果により、出産方法の違いから生じる腸内細菌叢の差異を埋めるのに効果的であると言われています10)


人工乳ではなく母乳による育児でなければいけないのか?

今回のコラムでは母乳による乳児の腸内細菌叢への影響を紹介してきました。
 
母乳によって母親からビフィズス菌や乳酸菌などが乳児に伝播し、母乳の成分によって乳児の腸内細菌叢が形成されることがわかりました。
 
それでは、人工乳は赤ちゃんに不向きなのでしょうか?その疑問については後編でご説明します。
 
また、ご自身やご家族のビフィズス菌や乳酸菌の割合が気になる方は、当社の「SYMGRAM」や「健腸ナビ」で知ることができます。是非ご活用ください。


  

用語解説

※a:ヒトミルクオリゴ糖(HMOs):ヒトの母乳に含まれている約250種類もの様々なオリゴ糖の総称。乳糖、脂肪に次いで母乳中に3番目に多く含まれる成分。乳糖は小腸で消化吸収されて乳児のエネルギー源となるが、HMOsは小腸で消化されず、大腸内のBifidobacterium属のエサとなる。他の細菌や病原性細菌はHMOsの代謝能力が低いため、Bifidobacterium属などの有益な細菌の増殖がさらに促進される。また、Bifidobacterium属によるHMOs代謝により有機酸が産生され腸内が酸性環境となるため病原性細菌の増殖が抑制される。


参考文献/参考情報

1)Milani, C. et al. Microbiol Mol Biol Rev 81, e00036-17 (2017).
2)Murphy, K. et al. Sci Rep 7, 40597 (2017).
3)久保のぞみ et al. 日本周産期・新生児医学会雑誌 vol. 27 243–250 (2021).
4)van den Elsen, L. W. J. et al. Front Pediatr 7, 47 (2019).
5)片山高嶺. 応用糖質科学 vol. 4 287–294 (2014).
6)Walsh, C. et al. J Funct Foods 72, 104074 (2020).
7)Kim, W.-S. et al. Biometals 17, 279–283 (2004).
8)https://lactoferrin.jp/about.html.
9)安藤朗. 日本内科学会雑誌 vol. 104 29–34 (2015).
10)Akagawa, S. et al. Ann Nutr Metab 74, 132–139 (2019).




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