腸内細菌叢の異常は膣内細菌叢の乱れや多嚢胞性卵巣症候群にも関連―不妊症と腸内細菌叢〈中編〉―
本コラムのシリーズ前編では、腸内細菌叢の異常が子宮内膜症の発症やエストロゲンのアンバランスに関連し、それが不妊へとつながる可能性があることをご紹介しました。
今回のコラムでは、上記以外にも腸内細菌叢の異常が女性の不妊症に関連する例として、膣内細菌叢(膣内フローラ)の乱れや、不妊の原因のひとつである多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)への関連性をご紹介します。
男性の不妊と腸内細菌叢の関連についてはシリーズ後編でご紹介しますので、そちらも是非ご覧ください。
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腸内細菌叢の異常は間接的に細菌性腟症に関連する
一般的な生殖年齢にあたる女性の膣内細菌叢(膣内フローラ)の構成は、乳酸菌(Lactobacillus属(ラクトバシラス属))が優勢です。
通常は、乳酸菌が産生する乳酸により、弱酸性(pH 4.5以下)の膣内環境が形成されています1)。
もしLactobacillus属の優位性が失われてpHが上昇し様々な嫌気性細菌が増殖する(=膣内細菌叢の異常が起きる)と、細菌性腟症が発症し、炎症が起きて不妊症につながる場合があるでしょう2)。
実は、膣内でのLactobacillus属の優位性にもエストロゲンが関係しています。
エストロゲンは腟上皮細胞によるグリコーゲンの産生量を増やすことで、間接的にLactobacillus属の増殖を促します(膣内でグリコーゲンは分解を受けLactobacillus属の増殖に利用されるため)3)。
前編のコラムでご紹介した通り、腸内細菌叢の異常はエストロゲンのアンバランスにつながり、子宮内膜の変化や月経不順に関連します。
つまり、腸内細菌叢の異常によるエストロゲンのアンバランスが、腟上皮細胞によるグリコーゲンの産生量に影響を与え、その結果として膣内フローラにおけるLactobacillus属の優位性の喪失(細菌性膣症)につながる可能性があるといえるでしょう。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)にも腸内細菌叢が関与
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、複雑な内分泌および代謝障害です。
典型的には多毛症・高アンドロゲン血症・排卵障害・月経障害などの症状を示し、不妊症の原因の1つにもなっています。
また、PCOS患者の多くがインスリン抵抗性※を有していることも特筆すべき点の一つです。
これまでの研究からはインスリン抵抗性と腸内細菌叢の異常の関連が明らかとなっており、それを基に以下のようなPCOS発症の仮説が提唱されています4)。
1.肥満や高糖質、高脂肪、低食物繊維の食事により腸内細菌叢のバランスが乱れ、腸上皮細胞間の結合が破壊されて、腸粘膜の透過性が高まる(リーキーガット)
2. リーキーガットは細菌由来のリポ多糖(LPS)の全身循環への漏出を引き起こし、その結果、免疫系が活性化しインスリン受容体の機能を阻害、インスリン抵抗性を引き起こす可能性がある
3.インスリン抵抗性はテストステロンの合成を促進し、卵胞発育を妨げる可能性がある
整理すると、腸内細菌叢の異常はインスリン抵抗性とPCOSを介して不妊につながる可能性があることになります。
関連する研究例をご紹介すると、ポーランドで行われた腸内細菌叢に関する研究では、健常者と比較して、PCOS患者ではAnaerococcus (アナエロコッカス)属、Odoribacter (オドリバクター)属、Roseburia (ロゼブリア)属およびRuminococcus (ルミノコッカス)属の腸内細菌叢に占める割合が低かったことが報告されています5)。
また、中国の研究においては、PCOS患者ではFaecalibacterium属(フィーカリバクテリウム属)、Bifidobacterium属(ビフィドバクテリウム属)、Blautia属(ブラウティア属)の割合が少ないことが観察されました6)。
研究(=研究が実施された国)によって観察された腸内細菌の種類は異なりますが、これらは短鎖脂肪酸を産生する点で共通している菌です。
つまり、これらの腸内細菌の減少(腸内細菌叢の異常)は、短鎖脂肪酸の産生に変化をもたらし、腸管バリアの完全性に影響を与え(リーキーガット)、PCOSに関連してゆく可能性があるのです。
腸内細菌叢の改善による不妊へのアプローチの可能性
ここまで、腸内細菌叢が不妊と関連することをご紹介しました。
一方で、裏を返せば不妊の改善のカギは腸内細菌叢ということにもなります。
例えば、不妊症治療による胚移植とグアーガム分解物の経口補給からなる併用療法を受けた日本人の女性では、一般的な不妊症治療に比べ妊娠成功率が高いことが報告されています10)。
グアーガム分解物の摂取は不妊女性の腸内細菌叢の異常を改善し、それが妊娠の成功率の向上につながった可能性があるようです。
まだ研究段階ですが腸内細菌叢の改善は不妊の悩みを解決するアプローチとなる可能性がありそうです。
妊活は腸から行なうのも効果的
本コラムの前編・中編を通して、腸内細菌は炎症・免疫機能・エストロゲン分泌などを介して、女性の不妊に関連することを説明しました。
最近では、多嚢胞性卵胞症候群(PCOS)やインスリン抵抗性も腸内細菌と関係することがわかっています。
普段の健康だけでなく、妊活のためにも腸活をしておきたいところです。
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さらに、エクオール産生菌の割合なども知ることができます。
このエクオールは、本コラムでも登場した「エストロゲン」に似た働きがある物質として知られ、健康や美容に関連します。
そのため、効果的な腸活を普段の生活に落とし込むことが可能です。
次回のコラム後編では、男性不妊と腸内細菌叢の関連について説明いたします。
用語解説
※インスリン抵抗性
膵臓から分泌されたインスリンに対して感受性を示さなくなる病態のこと7)。インスリン抵抗性は、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン、テストステロンなどのさまざまな性ホルモンの分泌に影響を与えることが報告されている8),9)。
参考文献
1)Salliss, M. E. et al. Hum. Reprod. Update 28, 92–131 (2021).
2)Venneri, M. A. et al. J. Endocrinol. Invest. 45, 1151–1160 (2022).
3)Gliniewicz, K. et al. Front. Microbiol. 10, 193 (2019).
4)Tremellen, K. & Pearce, K. Med. Hypotheses 79, 104–112 (2012).
5)Torres, P. J. et al. J. Clin. Endocrinol. Metab. 103, 1502–1511 (2018).
6)Zhang, J. et al. mSystems 4, e00017-19 (2019).
7)栗原悠介. ファルマシア 58, 174–174 (2022).
8)Wang, Y. & Xie, Z. Andrology 10, 441–450 (2022).
9)Ashonibare, V. J. et al. Front. Immunol. 15, 1346035 (2024).
10)Komiya, S. et al. J. Clin. Biochem. Nutr. 67, 105–111 (2020).
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