過敏性腸症候群(IBS)と腸内細菌叢の関係
過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome:IBS)とは、腸の働きに異常が生じて、腹痛と下痢や便秘といった便通異常の症状が慢性的に続く消化管の病気です。
IBSはストレスとの関連が強い疾病ですが、そこには腸内細菌叢(腸内フローラ)の構成異常(ディスバイオシス)も関わっていることが分かってきました。
今回のコラムでは、IBSと腸内細菌叢の関係についてご紹介いたします。
目次[非表示]
- 1.IBSと腸内細菌叢との関連
- 2.過敏性腸症候群(IBS)とは
- 2.1.IBSの分類は4つある
- 2.2.症状や原因
- 2.3.診断・治療法
- 2.4.セルフチェック
- 3.IBSと間違われやすい疾病
- 3.1.小腸内細菌異常増殖症(SIBO)
- 3.2.機能性ディスペプシア(FD)
- 4.まとめ
- 5.参考文献
IBSと腸内細菌叢との関連
IBS患者では腸管粘膜の透過性が亢進しています1)。
本来、腸管粘膜は腸管上皮細胞が密着することでバリア機能を有していますが、この腸管粘膜に隙間ができると、透過性が亢進し、異物が生体内に侵入して炎症を引き起こすことになります。
腸管粘膜の透過性亢進や炎症には、腸内細菌のディスバイオシスが関与していることが指摘されており、実際に健常者とIBS患者では腸内細菌叢に違いがあることが報告されています2)。
例えば日本で行われた研究では、健常者と比較してIBS患者では、Lactobacillus(ラクトバチルス)属と、Veillonella(ベイロネラ)属が多く、糞便中の酢酸、プロピオン酸、総有機酸の濃度が高かったことが報告されています3)。
LactobacillusとVeillonellaの組み合わせは酢酸とプロピオン酸を生成することが知られています。
酢酸とプロピオン酸濃度が高いことがIBSにおける腹痛などの症状と関連している可能性が示唆されています。
IBSはストレスにより症状が悪化するという特徴があることから、ストレス関連疾患ともいわれます。これには、脳と腸が互いに影響を及ぼす現象である「脳腸相関」が関与しているようです4)。
内分泌系や神経系を介して、脳からの指令が消化管へ、消化管からの情報が脳へ伝達されるため、ストレスによる腹痛などの悪化がさらに心理的なストレスとなるといった負の連鎖が起こると考えられています。
脳腸相関に関わる重要な物質のひとつに、セロトニンがあります。
セロトニンは、主に消化管に存在する神経伝達物質です。
脳がストレスを受けると、腸の粘膜から分泌されたセロトニンが腸の受容体と結合し、腸の運動が活発になります。
IBSで下痢が起こるのは、この働きが過剰となっているためです。
過敏性腸症候群(IBS)とは
IBSと脳腸相関についてご説明しましたが、改めてIBSとはどのような疾病なのかをご説明します。
ここではIBSには4つのタイプがあることや、症状、診断方法、治療法など、IBSを知る上で基本的なことについて概説します。
IBSの分類は4つある
IBSは、ストレスなどの要因によって腹痛と便通異常の症状が慢性的に続く疾病です。
IBSは便性状から、「便秘型」「下痢型」「混合型」「分類不能型」の4つのタイプに分類されます。
男性では下痢が多く、女性では便秘が多いといわれています。
症状や原因
IBS患者では、健常者に比べ消化管知覚閾値が低下しており、腹痛を感じやすくなっています2)。
また、IBS患者では片頭痛やうつ病の有病率が高いことが報告されています5),6)。
これらの病気の原因には、腸内細菌叢のディスバイオシスに起因する腸やその他の全身の炎症、そして、脳腸相関により腸と脳が互いに影響することが挙げられています7),8)。
サルモネラ菌や腸管出血性大腸菌O-157、ウイルスによる感染性腸炎にかかった人のうち約10%がIBS(感染性腸炎後IBS)を発症するといわれていることからも、IBSと腸内細菌叢のディスバイオシスとの関係性は大きいといえるでしょう。
診断・治療法
IBSは国際的な診断基準である「Rome IV」により診断されます。
Rome Ⅳについては後述しますが、主に下腹部の不快感や痛み、排便頻度や形状の変化などの症状が3ヶ月以上続いている患者に対して適用され、基準を満たす場合にIBSと診断されます。
IBSの治療には、腹痛や下痢、便秘などの症状に対する薬物療法、ストレスに対する薬物療法や心理療法、さらに、腸内細菌叢に対する治療など複数の方法が挙げられます。
ここでは、腸内細菌叢に対する治療として、プロバイオティクスの摂取、低FODMAP食の食事療法、糞便移植についてご紹介いたします。
■プロバイオティクス
IBS治療としてのプロバイオティクスの摂取については、単一菌種を用いた場合、複数種を組み合わせた場合、など様々な条件で多くの研究が行われています。
全ての研究においてIBS改善の効果がみられている訳ではありませんが、総合的にみると、プロバイオティクスはIBS症状の改善に有効であると結論づけられています9),10)。
また、単一菌種よりも複数菌種の混合プロバイオティクスの方が、IBS症状の改善効果があるといわれています11)。
一例を示すと、中等度から重度の下痢型IBS患者を対象に、14種の細菌株を含むプロバイオティクスで16週間の治療を行った研究では、プラセボ治療に比べて腹痛などの症状およびQOL(生活の質)が有意に改善されたことが報告されています13)。
この研究では多菌種プロバイオティクス(14細菌株のうち7菌株のLactobacillusと4菌株のBifidobacterium(ビフィドバクテリウム)を含む)が、IBS患者の腸内細菌叢の多様性を高めることで改善効果をもたらした可能性が示唆されており、単一菌種よりも複数菌種の混合プロバイオティクスの方がIBS症状に有効な根拠とされています。
有効性の機序としては、摂取した細菌そのものが病原性細菌への抗菌性を示すこと、腸管粘膜のバリア機能の維持に働くこと、抗炎症性サイトカイン産生を正常化すること、などが考えられています12)。
■低FODMAP食
FODMAPとは、4種類の発酵性糖質(オリゴ糖・二糖類・単糖類・糖アルコール)の英字の頭文字をとった言葉です。
FODMAPは小腸で消化吸収されにくく、摂取過多の場合には小腸中の糖質の濃度が高くなります。
糖質を薄めるために体は小腸に水分を集めようとするため、腸の蠕動運動が活発となり腹痛や下痢を引き起こしやすくなります。
また、小腸で吸収されなかったFODMAPは大腸に届いて腸内細菌のエサとなるため、過剰な発酵が進むと過剰なガスの発生や便秘を引き起こすことがあります。
低FODMAP食とはこれらの発酵性糖質を減らす食事のことであり、低FODMAP食によってIBS症状が改善されたことが多くの研究で報告されています14)。
例えば、腸活で代表的なヨーグルトは高FODMAP食品です。ヨーグルトは腸に良いとされている乳酸菌を含む食品ですが、乳糖を多く含んでいます。
どの糖質が合わないかは体質などによって異なり、全ての糖質が症状を悪化させる訳ではありません。
また、低FODMAP食は栄養不足のリスクや有益な細菌を減らす可能性も指摘されているため、低FODMAP食事療法を実践する場合は、医療機関を受診して正しい指導のもとで行うことをおすすめします。
■糞便移植
糞便移植は、プロバイオティクスよりも投与できる細菌数や種類が桁違いに多いことから腸内細菌叢のディスバイオシスを改善する方法として期待されています。
IBS患者に対する糞便移植治療により、IBS症状の改善がみられたとの報告もあります。
ただし、IBSに対する糞便移植では一定の治療効果が得られていないこと、糞便移植の方法やドナー便の安全性などの課題も多く、今後のさらなる研究の進展が期待されています15)。
いくつかの治療法がありますが、まずは規則正しい生活を送ることが大切です。
適度な運動や十分な睡眠、FODMAP以外にもIBSを悪化させる可能性がある脂質・香辛料・カフェイン・アルコール・タバコの摂取を控えることなども、普段の生活で気をつけていくべきことといえます。
セルフチェック
IBSかもしれないと心当たりがある方はセルフチェックをしてみましょう。
IBS診断基準「Rome IV」
(1)最近3か月の間に、週に1日以上にわたってお腹の痛みが繰り返し起こる
(2)以下の項目に2つ以上当てはまる
①排便によって症状がやわらぐ
②症状とともに排便の回数が変わる(増えたり減ったりする)
③症状とともに便の形状が変わる(柔らかくなったり硬くなったりする)
※期間としては6ヶ月以上前から症状があり、最近3ヶ月間は上記基準をみたすこと。
(1)と(2)が該当するようならIBSの疑いがあるため16)、医療機関の受診や、先に述べたような普段の生活習慣の見直しをお勧めします。
また、上述のとおり、IBSと腸内細菌叢のディスバイオシスには大きな関連性があることから、腸内細菌叢を検査し、バランスをチェックすることもおすすめです。
IBSと間違われやすい疾病
IBSは下腹部の不快感や痛み、排便の異常などを伴うため、同じような症状を示す疾病と間違われることがあります。ここではそのような疾病についてご紹介します。
小腸内細菌異常増殖症(SIBO)
小腸内細菌異常増殖症候群(SIBO)は、IBSと似た症状を示す疾病です。
通常、小腸に生息する細菌の数は大腸に比べて非常に少なくなっていますが、SIBOでは小腸内に細菌が異常増殖しています。
異常増殖した菌が、食べ物を発酵させて小腸内で大量にガスを発生させ、腹部膨満や吸収不良、下痢、便秘などの症状を引き起こします。
また、IBS患者ではSIBOを合併していることが多いと報告されています17)。
機能性ディスペプシア(FD)
機能性ディスペプシア(FD)は、胃カメラ検査などでは異常はないものの、慢性的な胃もたれ、胃の痛み、食欲不振、吐き気などの症状が現れる疾病です。
FDの原因は明らかになっていませんが、胃の運動機能の異常、胃の知覚過敏、ピロリ菌感染、ストレスや生活習慣の乱れなどがリスク要因として挙げられています。
IBSでは主に下部消化管症状(腹痛と便秘や下痢)を示すのに対し、FDでは上部消化管症状(胃痛や胃もたれ、げっぷが多いなど)を示します。
このようにIBS、SIBO、FDは病態が似ており、互いにオーバーラップする部分も多いのではないかといわれています。
まとめ
精神的なストレスが主な原因と思われてきたIBSですが、最近では腸内細菌叢のディスバイオシスが重要な要因となっており症状の悪化や片頭痛、うつ病などの併発にも腸内環境が関係していることがわかってきました。
IBSの疑いがある方は、まずはストレスをためないように運動する、規則正しい生活を意識する、摂取する食品に気をかけることが重要です。
プロバイオティクスが推奨されますが、ヨーグルトのような乳酸菌を含む食品でも、高FODMAP食品はIBS患者にとって逆効果となる場合があります。
心配な方は早めの医療機関の受診をおすすめします。
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参考文献
1)Vivinus-Nébot, M. et al. Functional bowel symptoms in quiescent inflammatory bowel diseases: role of epithelial barrier disruption and low-grade inflammation. Gut 63, 744–752 (2014).
2)Enck, P. et al. Irritable bowel syndrome. Nat Rev Dis Primers 2, 1–24 (2016).
3)Tana, C. et al. Altered profiles of intestinal microbiota and organic acids may be the origin of symptoms in irritable bowel syndrome. Neurogastroenterology & Motility 22, 512-e115 (2010).
4)Shaikh, S. D., Sun, N., Canakis, A., Park, W. Y. & Weber, H. C. Irritable Bowel Syndrome and the Gut Microbiome: A Comprehensive Review. Journal of Clinical Medicine 12, 2558 (2023).
5)Zamani, M., Alizadeh-Tabari, S. & Zamani, V. Systematic review with meta-analysis: the prevalence of anxiety and depression in patients with irritable bowel syndrome. Alimentary Pharmacology & Therapeutics 50, 132–143 (2019).
6)Kim, J., Lee, S. & Rhew, K. Association between Gastrointestinal Diseases and Migraine. Int J Environ Res Public Health 19, 4018 (2022).
7)Simpson, C. A., Mu, A., Haslam, N., Schwartz, O. S. & Simmons, J. G. Feeling down? A systematic review of the gut microbiota in anxiety/depression and irritable bowel syndrome. Journal of Affective Disorders 266, 429–446 (2020).
8)Arzani, M. et al. Gut-brain Axis and migraine headache: a comprehensive review. J Headache Pain 21, 15 (2020).
9)Hungin, A. P. S. et al. Systematic review: probiotics in the management of lower gastrointestinal symptoms – an updated evidence‐based international consensus. Aliment Pharmacol Ther 47, 1054–1070 (2018).
10)Ford, A. C., Harris, L. A., Lacy, B. E., Quigley, E. M. M. & Moayyedi, P. Systematic review with meta-analysis: the efficacy of prebiotics, probiotics, synbiotics and antibiotics in irritable bowel syndrome. Aliment Pharmacol Ther 48, 1044–1060 (2018).
11)Dale, H. F., Rasmussen, S. H., Asiller, Ö. Ö. & Lied, G. A. Probiotics in Irritable Bowel Syndrome: An Up-to-Date Systematic Review. Nutrients 11, 2048 (2019).
12)正岡建洋 & 金井隆典. 過敏性腸症候群の診療ー現状と今後の展望ー. 日本消化器病学会雑誌 vol. 116 570–575 (2019).
13)Ishaque, S. M., Khosruzzaman, S. M., Ahmed, D. S. & Sah, M. P. A randomized placebo-controlled clinical trial of a multi-strain probiotic formulation (Bio-Kult®) in the management of diarrhea-predominant irritable bowel syndrome. BMC Gastroenterol 18, 71 (2018).
14)van Lanen, A.-S., de Bree, A. & Greyling, A. Efficacy of a low-FODMAP diet in adult irritable bowel syndrome: a systematic review and meta-analysis. Eur J Nutr 60, 3505–3522 (2021).
15)Myneedu, K., Deoker, A., Schmulson, M. J. & Bashashati, M. Fecal microbiota transplantation in irritable bowel syndrome: A systematic review and meta-analysis. United European Gastroenterol J 7, 1033–1041 (2019).
16)過敏性腸症候群 (IBS) ガイド2023. 過敏性腸症候群 (IBS) ガイド2023. 日本消化器病学会.
17)Takakura, W. & Pimentel, M. Small Intestinal Bacterial Overgrowth and Irritable Bowel Syndrome – An Update. Front. Psychiatry 11, (2020).
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