過敏性腸症候群(IBS)は「ひとくくり」にできない——タイプ別に異なる腸内細菌叢の乱れ方

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過敏性腸症候群(IBS)は、全人口の約10%が罹患しているとされる一般的な疾患ですが、その臨床像は多岐にわたります。

下痢型(IBS-D)、便秘型(IBS-C)、分類不能型(IBS-U)といったサブタイプが存在し、患者ごとに最適なアプローチが異なることが臨床上の課題となってきました。

今回のコラムでは、そのIBSと腸内細菌叢の関係に新たな視点をもたらした以下の論文をご紹介します。

Su, Q. et al. Gut microbiome signatures reflect different subtypes of irritable bowel syndrome. Gut Microbes 15, 2157697 (2023).

これまでのIBS研究の多くは、サブタイプの違いを問わず腸内細菌叢を一括で解析してきました。

香港中文大学のSuらが発表した本研究は、そのアプローチ自体に問題があった可能性を示しています。

サブタイプを区別せずに分析すると、タイプによって正反対の挙動を示す菌が互いに打ち消し合い、本来存在するシグナルが見えなくなってしまいます。

「IBSと腸内細菌の研究は結果がバラバラで再現性が低い」と長年言われてきた原因の一つが、ここにあったのかもしれません。

本研究では、世界最大規模の市民科学プロジェクト「American Gut Project」のデータから、IBS患者942名と年齢・BMI・性別・食事内容をすべて1対1でマッチングさせた非IBS対照群942名、計1,884名のコホートを構築。

3つのサブタイプに細分したうえで、腸内細菌叢の構成と代謝機能が徹底的に解析されています。

本コラムでは、この論文で示されている多岐にわたる研究結果の中から、特に注目すべき3つのトピックスをお伝えします。

目次[非表示]

  1. 1.同じ「IBS」でも、腸の中は別世界だった
  2. 2.菌が産生する「物質」が、症状のメカニズムを説明する
  3. 3.「抑うつを伴うIBS」には、共通した腸内細菌パターンがあった
  4. 4.まとめ

同じ「IBS」でも、腸の中は別世界だった

解析の結果、IBS-D(下痢型)・IBS-C(便秘型)・IBS-U(分類不能型)の3タイプはそれぞれ異なる腸内細菌叢のクラスターを形成し、かつすべてが健常者とも有意に分離していました。

「乱れている」のは共通でも、「乱れ方」がタイプごとに根本的に異なるという結果です。

その違いは菌の多様性にも明確に現れています。

IBS-DとIBS-Uでは健常者に比べて菌の種類の豊富さ(α多様性)が有意に低下し、特にIBS-Dでは菌の絶対量そのものも減少していました。

一方、IBS-Cでは多様性・菌数ともに健常者との有意差がありませんでした。

同じIBSという括りでも、便秘型だけは別の病態メカニズムが働いている可能性を示しています。

さらに、次世代プロバイオティクスとして注目される Akkermansia属(アッカーマンシア属)はIBS-Dで減少しているのに対し、IBS-Cでは増加していました(下図)。

このように、タイプによって真逆の挙動を示す菌が11菌属確認されています。

「どのサブタイプか」を見極めずに同じプロバイオティクスを処方することは、エビデンスの観点から再考の余地があるかもしれません。

異なるIBSサブタイプと対応する非IBS対照群との比較による37菌属の構成

菌が産生する「物質」が、症状のメカニズムを説明する

本研究のもう一つの重要な発見は、細菌の「種類」だけでなく「何を産生しているか(代謝機能)」もサブタイプによって大きく異なるという点です。

IBS-DとIBS-Uでは硫化水素産生経路が亢進していました。

この経路の主役は全タイプで増加していた病原性菌 Escherichia/Shigella 属(エシェリキア/シゲラ属)で、硫化水素産生との相関係数は R=0.46(p<0.0001)と最も強い関係を示しました。

硫化水素は下痢を直接誘発しうることが動物実験で示されており、IBS-Dの症状メカニズムの一端を担っている可能性があります。

一方、IBS-Cではパルミトオレイン酸合成経路が亢進していました。

この代謝産物はカルシウムと結合して難溶性物質を形成し、便の硬さと正の相関があることが知られています。

便秘型の「便が硬い」という症状に、腸内細菌の代謝が直接関与しているとすれば、治療の新たな標的になりうる知見です。

食事との関連では、乳糖(ラクトース)の高頻度摂取が全サブタイプで腸内dysbiosis(ディスバイオシス、腸内細菌叢の乱れ)を悪化させていた一方、赤ワインの摂取は全サブタイプで健常者との菌叢差を縮小させる方向に作用していました。

「抑うつを伴うIBS」には、共通した腸内細菌パターンがあった

IBSに抑うつが合併しやすいことは広く知られていますが、そのメカニズムには不明な点が多く残されています。

本研究では抑うつ診断を持つIBS患者134名(全3サブタイプ)を、抑うつのないIBS患者と比較解析しました。

注目すべきは、サブタイプを超えて全3タイプ共通のパターンが見出された点です。

抑うつを合併するIBS患者では、Bifidobacterium属(ビフィドバクテリウム属)などの有益菌が減少し、Proteus 属(プロテウス属)が増加していました(下図)。

Proteus はマウスでドーパミン産生神経細胞への障害が報告されている菌であり、腸脳軸を介した抑うつ症状への関与が示唆されます。

また機能面では、抑うつ合併例において短鎖脂肪酸(SCFA)産生経路が複数低下していました。

SCFAの低下とうつ症状の関連は先行研究でも報告されており、Bifidobacterium 属などSCFA産生菌の枯渇が、腸から脳への負のシグナルを形成している可能性があります。

うつ症状を伴うIBSサブタイプ別患者の腸内細菌叢構成

まとめ

本研究が示す核心は、「IBSというひとつの診断名の中に、実は異なる病態がある」という臨床実感を、腸内細菌レベル・代謝機能レベルのデータで裏付けたことにあります。

IBSの治療や食事指導はサブタイプに応じた個別化が必要であり、そのエビデンスを過去最大規模のコホートで積み上げた意義は大きいと言えます。

なお横断観察研究である性質上、因果の向きの証明には限界があります。

「なぜ同じIBSなのに、このプロバイオティクスが効く患者と効かない患者がいるのか?」——過去にそのような疑問をお持ちになった経験があるとすれば、その答えの一端がこの研究の中にあるかもしれません。

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出典: Gut Microbes. 2022 Dec 27;15(1):2157697. 「Gut microbiota composition and functional changes in irritable bowel syndrome with and without depression」。本図はクリエイティブ・コモンズ表示 4.0 国際ライセンス(CC BY 4.0)の下で提供されており、原著論文(DOI: 10.1080/19490976.2022.2157697)を引用・日本語訳しています。


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